「ふう・・・全くお前は・・・」

「も、申し訳ございません・・・兄上・・・」

一悶着も終わり、『闇千年城』に帰還してからこんな調子だった。

ただただ溜息をつき説教をする『影』に『闇師』はひたすら謝る。

「あいつも進歩無いよな」

ぼそりと呟く『風師』の後頭部に高速の一撃が見舞われる。

「あがっ!」

「どうしたの?『風師』?」

犯人が涼しい顔で問いかける。

「お、お前・・・後頭部にハイキックぶち込んでおいてそれだけか・・・って言うかお前らも見ただろ?」

「僕見てないよ」

「私も見ていませんわね」

「俺もだ」

「当然俺も見ていない」

無情すぎる言葉に『風師』はへこむ。

「とにかくエミリヤ」

「は、はい・・・」

「今回はこれ以上言わんが『錬剣師』には絶対手を出すな。もしも、それをした時俺は・・・多分お前を終生許さない」

その言葉と鋭い視線に『闇師』はびくびく怯える。

常日頃は穏やかで優しい兄だがこの眼と空気の時は手に負えない。

「は、はい・・・で、ですが・・・兄上そこまで入れ込むほどの相手なのですか?」

「奴は必ず伸びる。まだまだな」

そう言い、その時を想像してほくそ笑む『影』。

「まあそう言うな『影』」

そこに現れた『六王権』に全員が姿勢を正す。

「陛下、此度は全て私の不手際。この処罰如何様にも」

「そうも重く見る気は無い。『闇師』にはお前の方から叱責したのだろう?」

「はっ」

「ならばこれ以上私の方から言う事は無い。それに私も予想外の事があったからな」

そう言い寂しそうに笑う。

「それよりも総員、会議室に行くぞ。いくつか決定した事がある」

『はっ(はいっ)!!!』

『六王権』を先頭に『影』、『六師』が付き従った。

黒の書八『降臨』

会議室に着席した一堂を見渡し、『六王権』は口を開く。

「まず、本拠地だが、『風師』の案を取り欧州に定める事にした」

「陛下、陛下の御裁可なら我々に異存などありませんが『炎師』の案も有用と思われますが」

『影』の意見に頷く。

「そうだな。私も夕べまでは『炎師』の案を取る気でいたが変更せざるを得なくなった」

「やはり『錬剣師』の動向ですか?」

「それもある。『影』の言うとおりあの男は今でも十分我々にとって脅威となる。近い将来には更にその力を高めるだろう。だが、それ以上に厄介な奴がいる」

「陛下それは『錬剣師』の傍らにいた・・・」

「そうだ。あいつは・・・我が友に認められその力を受け継いでいる」

「それは幻獣王達が引っ込んだ事と関係あるのですか?」

「ああ、お前達も見たと思うがあの四体の幻想種は聖獣・・・幻獣の更に上の領域に生きるもの達だ」

「げげっ!!じゃあ何ですか?あの男はそれを四体も従えていると?」

「そうだ。おそらくあの男こそが『真なる死神』・・・死の魔眼を保有するものだ」

『六王権』の言葉に絶句する。

「陛下、あそこにゃ真祖の姫君やら死徒の姫君もいましたが・・・じゃあ何ですか?協会や教会よりもやばい連中があの島国に集結しているって事ですか?」

「そうなる」

「そうなるとアジア方面に本拠地を定めるなんざ自殺行為も良い所だな」

「ああ、それに奴らも我々の行方をどの様な手段を用いても探し出そうとするだろう。そうである以上悠長に戦力を整えていることは出来ぬ」

「時間との戦いでもあると・・・」

「そうだ、『地師』一刻も早く体制を整え我々も動かねばならん。そのためにあえて全ての危険、不利益を無視する」

「判りました。そう言う事ならば」

『影』の代表したその言葉に全員が頷く。

それを確認すると即座に勅命を下す。

「『闇師』至急現時点で最大勢力の死徒を探り当てろ。そいつの兵力をそっくり頂く」

「はっ!」

同時に『闇師』は席に着いたまま闇に溶け込む。

「『炎師』・『風師』・『光師』、お前達は聖堂教会と魔術協会の動向に眼を配らせろ。些細な異常も見落とすな」

「はっ」

「判りました」

「はいっ!」

その言葉と共に疾風と火炎と閃光が競うように会議室を駆け巡り収まる。

「『地師』・『水師』お前達は引き続き『闇千年城』の維持に努めよ」

「「御意のままに」」

同時に『地師』は席を立ちその後ろを当然の様に『水師』が従う。

「最後に『影』。お前は世界各地の情勢を細かに調べ上げろ、特に『真なる死神』、『錬剣師』については念入りにな」

「御意」

その言葉を最後に『影』ら『六王権』の側近達は全て消え去った。

そして会議室に一人残る『六王権』は虚空を見上げる。

「陰・・・一時の別れだ・・・我が最良の友よ・・・」

封印されても色褪せる事無かった友と共に主君を守り続けた日々を記憶の奥底に封じる。

もはや全てが終わるまで彼とも敵なのだから・・・









それから三日後、『闇千年城』は中欧アルプス山脈付近に浮遊していた。

「ここか?『闇師』」

「はい、死徒二十七祖十七位『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼの居城はこの真下に」

『闇師』の言葉に一つ頷く。

「陛下只今戻りました」

『炎師』の言葉と共に偵察に向かっていた三人が傅く。

「ご苦労。どうだった」

「現時点で聖堂教会は我らを探しているようですが主に場所は東欧に集中しております。

「そうかでは西欧は魔術協会が?」

「いえ、それが・・・どうも魔術協会はそれほど・・・」

「と言うか殆どいや、全く動いていない様なんです」

『炎師』が口ごもりその続きを『風師』が続ける。

「動いていない?」

その報告は予想の範囲を超えていたらしく『六王権』は珍しく怪訝な表情で信頼を寄せる側近に問い返す。

「はい、事情は不明ですが・・・」

「あれはむしろ俺達の復活すら知らねえ様子でした」

「僕達が復活したって知らないんじゃないのかな?」

「少し信じがたいな・・・」

その言葉と共に『影』が姿を現す。

「『風師』、動きは全く無いのか?」

「ああ旦那、呆れる位」

「・・・陛下これは一体・・・」

「判らん。だが、これは好機でもある。つまりここ一帯は完全な空白状態だ。この隙を突き十七位を完全な我らの下僕に仕立て上げる。それと『影』世界はどうだ?」

「はっ、欧州以外では我らの復活はさほど騒がれていない様子。また欧州でも我々の復活はいまだ限られたわずかの人間のみにしか知られておりません。その他の情勢につきましては後で詳しく報告いたします」

「そうか、予想出来ていたがそんなのもか・・・これより『闇千年城』を降臨させる。『影』、『六師』降臨準備を」

『御意(はい)』

そして静かに・・・限りなく魔力の放出を抑え『闇千年城』は大地に降臨した。









一方・・・突如として現れた巨大な城に死徒達は一様に驚愕の表情を浮かべている。

「何事か!」

「あれは何だ!」

「あんな城聞いた事もないぞ!」

混乱一歩手前の状況であったがそれを威厳に満ちた声が抑える。

「何事か!騒々しい」

そこに経つのは長身の狡猾な表情と赤き眼を持つ一人の死徒・・・この老人こそ死徒二十七祖第十七位『白翼公』トラフィム・オーテンロッゼ。

最古参の死徒の一人にして形式上二十七祖のトップに君臨する死徒の王。

そして『陰』・『陽』と共に『月の王』=『朱い月』に仕えた従者。

実質的なトップである第九位であり死徒の姫君、そして愚かにもたかが一人の人間に縛られるアルトルージュ・ブリュンスタッドとは長年対立関係にあったがここ数年沈静化している。

最もこれは停戦と言うより冷戦の趣があった。

カスに等しい存在だが彼女が固執する人間は『直死の魔眼』を保有する『真なる死神』。

その力は脅威に値する。

現に彼が送り込んだ刺客はその悉くが、彼の手により抹殺されている。

おまけに確執があったと噂されていた『真祖の姫君』アルクェイド・ブリュンスタッドとも和解し今では共に『真なる死神』の妻となっている。

この現状は彼にとっては忌々しい事この上ない事であったが相手が相手だけに現在うかつに手は出せないというのが現状だった。

「これは閣下・・・実は我が居城の背後に突然巨大な城が・・・」

媚び諂う従者の言葉を遮るように一人の死徒が膝をつく。

「謹んで申し上げます。今、死徒二十七祖第二位を名乗る者が現れ閣下に面会を求めております」

その言葉に全員が笑う。

何故か?

その笑いは二つの種類に別れそれほど年月の経過していない死徒は話には聞いていたが、『六王権』をただの御伽噺だと信じていなかったし、オーゼンロッテを始めとする古参の死徒はあの封印を破られる筈がないとたかを括っていた。

更に言えばオーテンロッゼ自身は『六王権』個人に何の敬意も持ち合わせていなかった。

己が敬愛し従者として仕えて来た『月の王』の最古にして最も重き信任をもう一人・・・『陰』と呼ばれた男・・・と共に得ていたあの男。

王の信任、それの独占を目論んでいた彼は『六王権』達を妬み、憎悪を募らせていた。

無論だが、そんな彼が『六王権』に敬意を払う筈もなかった。

話を戻しこの場にいた者に共通していたのはその死徒は『六王権』を名乗る真っ赤な偽物だろうと言う確信。

だが、オーテンロッゼは憎き『六王権』に屈辱を与えてやろうと考えていた。

例えその『六王権』が偽者だとしても、それは彼の溜飲を下げさせてくれるだろう。

「ほう・・・第二位と言ったのか?その世間知らずは?ならば面会してやる」

そう言って嘲るが如き笑みを浮かべた。

直ぐにそれが恐怖に変わるとも知らず・・・









一方・・・オーテンロッゼの従者の案内の下謁見の間に向かう『六王権』・『影』・そして『六師』達だったが

「おい、『炎師』」

苦虫を噛み潰した表情と口調で親友に声をかける『風師』。

「判っている。随分と敵意と嘲笑に満ちたお出迎えだな」

「と言うか完全に見下してない?」

そのひそひそ話に『光師』が更に加わる。

「我等を外見で判断しているのだろう」

それに『地師』が淡々とした口調で応じる。

「まあ良い・・・結果として我々に服従させれば良いのだから・・・」

『六王権』の凄みある笑みに側近達は無言で頷いた。

「こちらにございます」

やがて案内された部屋の巨大な扉を開くとそこには無数の死徒と死者が一列に並び奥の玉座に鎮座する老人・・・オーテンロッゼ・・・の姿があった。

「数にして・・・三百と言った所か・・・これだけ集めねば威厳を出すことも敵わぬか」

『影』の言葉に全員が失笑する。

最も、その声はあまりにも小さく他に聞こえる事はなかった。

と、そこにオーテンロッゼの声が響く。

だがその表情、言葉全てが傲慢そのものに満ちていた。

「ようこそ、自称『六王権』殿」

その言葉と共に周囲から冷ややかな笑みが零れ落ちる。

「自称ですって?」

その言葉に『闇師』が反応する。

「死徒の王である余の元に隷属に来るとは良い心掛けよ。まあ辺境にお前の領地を用意してやろう。そこでせいぜい『死徒の帝王』を気取るが良い」

その言葉に『影』と『地師』を除く側近が怒りを露にする。

「陛下・・・こいつら燃やし尽くしましょうか?」

「こんな奴らを手駒にする意味すら見出せませんね俺は」

「水の底に沈め尽くす術もございますが」

「生ぬるいよ母さん。僕の『ガブリエル』でゆっくり壊すよ」

「それでもまだまだよ。私の闇で滅ぼし尽くします」

激高して進言する『五師』を『六王権』はなだめる。

「落ち着け。せいぜい威張らせて置けばよい直ぐに」

「だがその前に貢ぎ品は頂こう」

『六王権』の語尾にオーテンロッゼの言葉が重なる。

「貢ぎ品って?」

「おいそんなもん用意したか?」

「馬鹿な。どうして陛下の下につく者に用意せねばならん。ましてやあんな傲慢な奴に」

そういっていると二名の死徒が近寄り、

「さあ来い。閣下が直々にお前たちを検分する。光栄に思え」

そう言い『闇師』と『水師』の手を掴み連れ去ろうとする。

それを見た瞬間、『風師』・『炎師』の表情が凍りつく。

「あっ、馬鹿」

それと同時に一方は影の腕が死徒を原形すら留めぬ肉塊に変え、もう一方は無言で近寄った『地師』の拳一発で壁まで吹き飛ばされた・・・首だけだが。

「・・・陛下、愚者に身の程を思い知らせた方が良いかと存じ上げます。躾を知らぬ野犬にはそれくらいの荒療治も必要かと」

「『影』殿に同意します。我らの力の差、存分に見せ付けた方が宜しいかと」

声も口調もいつも通り、だが、その奥底から漂う殺気にオーテンロッゼ側は無論の事、味方までもが震え上がる。

『地師』と『影』だけは怒らせるな。

それが『五師』の間で課せられた暗黙の掟。

『影』の怒りは先日妹に見せたが『地師』のそれは『影』よりも恐れられている。

そんな二人が大切にしている妹=『闇師』と妻=『水師』に手を出すなど自身の処刑執行書に血判を押したに等しい。

「そうだな・・・『地師』」

「はっ」

「どちらが上でどちらが下か阿呆どもに見せつけよ。ただし、『白翼公』は残せ」

「御意」

一礼すると一歩前に進み出る。

既に彼らの周囲はオーテンロッゼ配下の死徒が二重三重に取り巻いている。

「ほう・・・余に歯向かうか・・・まあ良いどの道偽者に用は無い。全て殺せ」

気だるそうな声と共に号令を下す。

だが、その表情は直ぐに驚愕にとって変わる。

何故なら包囲の中心にそれが現れたのだから。

三十メートルはあるだろうこの謁見の間の天井にまで届かん程の岩で出来た巨人が・・・

「馬鹿だな」

「馬鹿ね」

「馬鹿だよ」

「阿呆だな」

驚愕し後ずさる死徒たちを横目に『炎師』・『闇師』・『光師』・『風師』が呟く。

「俺だってしねえぜ。正面からおまけにサシでとっつあんに喧嘩売るなんて」

「ああ、『地師』殿の恐ろしさを僅かでも判ればそのような事はしないさ」

「大地の幻獣王『タイタン』と喧嘩なんてね、僕の『ガブリエル』じゃ相手にもならないよ」

「全くね。パワーなら『幻獣王』最強なんだから・・って『水師』は?」

「どうやら『水師』も腹に据えかねるようだ」

『影』の言葉に見ると『地師』の傍らに『水師』が当然の様に寄り添っている。

「あ〜あ・・・こりゃ俺達に残りなんてねえな」

「覆滅するなご夫妻で」

「と言うか僕達にまで被害来ない?」

「大丈夫でしょう。あの二人なら・・・」

完全に傍観の体勢を取った四人の会話が後ろで交わされている一方で前方では己が幻獣王を展開した『地師』に妻が語りかける。

「あなた」

「メリッサ、どうした?」

「私も加勢いたします」

「俺一人で十分に片がつくぞ」

「それでもです。私があなたのお役に立ちたいのですから」

「・・・」

溜息一つで説得を諦める。

妻の強情さは彼が一番良くわかっている。

「好きにしろ」

「はい、好きにいたします。では久しぶりに・・・出番よ出てきなさい」

その瞬間『水師』の周囲に清らかな水が噴き出す。

それは聖水の如く濡らした死者や死徒の肉体を浄化していく。

そして・・・泉のようにわきあがる水からゆっくりと現れたのは流水をその身に纏った妖艶な美女。

「あらら・・・こりゃ秒殺確定だな」

「ああ、大地の幻獣王『タイタン』に」

「水の幻獣王『ウンディーネ』だもんね」

「私達はむしろ自分の身を守ったほうが良さそうね」

「それが良いだろう」

もはや他人事の様に評する『影』達を尻目に『地師』と『水師』から現れた幻獣王『タイタン』と『ウンディーネ』はその力を解放する。

途端地響きが大地の奥底から唸り、地割れを起こし、そこから水が吹き上がる。

この状況に慌てて取り囲んでいた死徒や死者は下がろうとするが後方の床が大きく割れている。

「俗物失せろ」

「水と大地の奥底で私達の恐ろしさ刻み込みなさい」

・・・カタストロフ・・・

破局、瓦解を意味する言葉と同時に謁見の間は土砂が砕け死者を粉砕し、鉄砲水の如き濁流が死徒を飲み込む。

その現界は僅か三秒足らずだった。

しかし、その三秒で荘厳な謁見の間は廃墟と化し、全ての死者と死徒は灰となり、オーゼンロッテ自身も両足を潰されていた。

「陛下、この様な形で宜しかったでしょうか?」

「ご苦労、良くやった」

一言労うと『六王権』はオーテンロッゼの頭を鷲掴みし、自身の目線と合わせる。

「あ・・・あああ・・・お、おのれ・・・王である余に・・・」

「ふっ、己が身も守れぬ張りぼての王が良く吼える・・・まあ良いお前はこれより生まれ変わるのだからな」

「う・・・生まれ?」

「そうだ」

アルティメット・・・オーシャン・・・

『六王権』の詠唱と共に彼らの周囲が崩壊しきった謁見の間は水平線に島影すら見えぬ無限の大海原に変貌する。

その大海原の上空にいるにも関わらず『六王権』・『影』・『六師』は宙に立っていた。

そこにだけは床があるかのように・・・

「ここで生まれ変わるが良い・・・十七位トラフィム・オーテンロッゼ」

手を放す。

と同時にオーテンロッゼの体は宙を泳ぎ、水しぶきを上げて海に落とされた。

「ぐ・・・がはっ!な、何だこの海は!」

「原初の海とでも呼ぶべきか。ここに落とされたものは生命の原初に立ち返る」

「な、なんだと・・・ひぃ!!!」

不意に自分の体を見たオーテンロッゼがみっともない悲鳴を上げる。

だがそれも無理らしからぬ事なのかもしれない。

見ればオーテンロッゼの体が少しづつ溶ける様に水に還っている。

既に潰され筋肉の繊維だけで繋がっていた足は殆ど消失している。

「や、やめろ!!た、助けてくれ!の、望みのものは何でもくれてやる!だ、だから!!」

それに蒼ざめ先ほどまで偽者と呼び嘲っていた者に助けを求める。

「望みは貴様自身と貴様の保有する全ての手駒だ・・・それも私に絶対服従の」

「わ、判った!お、お前に忠誠を誓う!!だ、だから!!!」

「お生憎様、口約束は信用していねえんだ。俺ら」

「以前それで手痛い眼にあったからな」

「そんなに慌てなくても良いじゃない。別に死ぬわけじゃないんだし」

「そうだ、トラフィム・オーテンロッゼ。貴様は一度この海に還した後再度復活させる。私への絶対の隷従を誓う生きた傀儡になってな・・・それほど恐怖する事でもあるまい」

『六王権』の語尾に『影』、そして『六師』の笑い声が響く。

しかしそれは仲間内で見せるものではない見る者の全てを恐怖に貶める冷笑だった。

「そう言う事だから安心して溶けちまいな」

「い、嫌だ!た、頼む助けてくれ!!わ、私も貴殿とは、お、同じ王に・・・『月の王』に仕えて来た身ではないか!!」

残忍な宣告に王としての威厳など世界の果てに投げ捨てたかのように泣き喚き、助けを請うオーテンロッゼ。

更には必死になって『六王権』に情に訴える手段をとったが

「何の事だ?そもそも貴様のような俗物が平気な面で我が主君の名を口にするな」

何の効果も発しなかった。

彼が興味を示していたのは主君である『月の王』の他は彼の無二の盟友『陰』のみ。

彼ら二人以外にも従者はいたがその他には眼中すらなかった。

そんな彼に情で訴えても無理と言うものだった。

「ったく・・・みっともないったらありゃしないわね」

「本当だ、赤ん坊みたいに泣き喚いているよ母さん」

「ええ『光師』はあんな大人になっちゃ駄目よ」

「あーっはっはっ!こりゃ傑作だ!」

「くくくく・・・全くだな」

その光景に呆れる『闇師』、他人事の様に嘲笑する『光師』と『水師』、腹を抱えて大笑いする『風師』に同調して含み笑いをする『炎師』。

『地師』と『影』は声こそ上げないが見下した視線で口元だけ冷笑を浮かべている。

その中で『六王権』のみ表情を変えず見下ろしていたが、

「その声にも飽きたな・・・十七位よ・・・還れ海に」

その言葉と共にオーテンロッゼの肉体は引きずり込まれるように海中に没した。

気泡が幾つか浮かび上がるがそれも消え海に静寂が戻る。

「そろそろ良いだろう」

『六王権』が軽く呟く。

その言葉に重なるように、突如原初の海から一抱えの海水が彼らの目の前まで浮遊する。

と同時に風景は再度謁見の間に戻る。

「・・・さあ・・・再生の儀式だ」

にやりと笑いその言葉と同時に海水は無数の糸に覆われ繭となった。

その繭はやがて鋼鉄の様に固くなり、人の形に変貌を遂げる。

暫くするとその繭は割れ、そこからオーテンロッゼが姿を現す。

「眼を覚ましたか我が僕・・・いや傀儡『トラフィム・オーテンロッゼ』」

『六王権』声をかけられた瞬間オーテンロッゼは怯え、地面に這い蹲るように土下座をする。

「ひ、ひぃ!!陛下先程までのご無礼の数々、平に平にご容赦を!!!!」

「構わん、これよりは正真正銘生まれ変わったつもりで忠誠を誓え」

「ははぁ!!!」

その返答に満足げに頷くと今までオーテンロッゼが座っていた玉座に腰掛ける。

その脇には『影』がそして周囲には『六師』が当然の様に集まる。

「さて、オーテンロッゼ、貴様に聞きたい。貴様が保有する死徒と死者の数は?」

「はっ、死者だけならば百万、死徒も一万に届きます」

「ほう・・・貴様の息のかかった二十七祖は?」

「はっ、第十位『ネロ・カオス』、十四位『ヴァン・フェム』、十五位『リタ・ロズィーアン』、十六位『グランスルグ・ブラックモア』、二十一位『スミレ』。以上の者は我が配下ではありませんが」

「敵対関係でもないということか」

「ははっ!特に十六位グランスルグは私と同じくかつて『月の王』に仕えた従者にてございます」

「なるほどな・・・では先程言った事は偽りではないと言う事か・・・面白い、お前達に我が主君の遺命を果たさせる手伝いをさせるのも一興・・・ではそいつらも我が傀儡としよう・・・オーテンロッゼ、その五名の居場所は判るな?」

「御意!!」

「では『炎師』・『風師』・『地師』・『水師』・『闇師』」

「「「「「はっ!!」」」」」

「お前達先程オーテンロッゼが述べたその五名をここに招待しろ」

返答より早く不平の声が上がる。

「王様、僕は?」

『六王権』は穏やかに笑い『光師』の頭を撫でる。

「お前はその外見だからな甘く見る者も出て来る。今回はここで留守番だ」

「ちぇ」

主君の言葉に頷くしかない『光師』。

「オーテンロッゼ、五祖の居場所を『闇師』達に教えろ。誰が何処に赴くかについてはお前達に任せる」

「ははっ!!」

「「「「「御意!!!」」」」」

その言葉と共に姿を消す六人、そして謁見の間には『六王権』と『影』、そして『光師』が残された。

「始めるとしようか・・・全ての終焉を」

「御意」

「はい!」

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